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コラム

和楽の世界 狂言への誘い

(2015年10月、公益社団法人「化学工学会」人材育成センターによる
経営ゼミナール
にて講演)

○日本が誇る世界遺産

狂言は鎌倉時代から室町時代の頃に確立し、今日に至るまで一度も途絶えずに伝承されてきました。 650年間ずっと続いている芸能というのは、世界の中でも私ども狂言しかございません。 2002年には芸能として日本で初めてユネスコの世界遺産の認定を受けました。 世界遺産というのは、自然の景観や寺社などの建造物ではよくご存じだと思いますが、芸能にもありまして、無形文化遺産といいます。

しかし、世界遺産とはいっても大半の方がご覧になったことがないという悲しい現実があります。 触れる機会が滅多にないというのが大きな要因ではないかと思います。 何年かに一度、小学校の教科書に「附子(ぶす)」や「柿山伏(かきやまぶし)」などの狂言のレパートリーが載ったりすることもありますが、 先生自身がご存じないので教材として扱わないで素通りしてしまいます。 ですから、狂言が世界の認める、日本の誇る芸術文化でありながら、ほとんどご存じない方が多いのです。

○狂言の源流

狂言とはどういうものか、一言で申しますと“喜劇”であります。 笑っていいお芝居。平たく言うとお笑いの元祖で、今の漫才・落語・新喜劇・コントなどのルーツに当たるわけです。 それがずっと伝承されているのですが、元々は急に650年前に湧いてできたわけではなく、 源流を辿って行きますと古代まで遡ることが出来ます。 私も古神道の先生について修験道を学んでいますが、神降ろしや神送りなどの古代のご神事、神事芸能が徐々に洗練されてゆき、 今の形になったわけです。ですから日本の神楽などが源流といえます。

それともう一つ大きな影響を受けたのが今の中国です。 随・唐の時代の大陸から、散楽という芸能が日本へ入って来たのですが、 どうやら「散」という漢字は「大衆的な」という意味を持つらしく、 つまり一般大衆芸能の意でありまして、今で例えるとサーカス、 または引田天功さんやMr.マリックさんがなさるイリュージョンにあたり、 奇術・妖術・アクロバット・マジック・ジャグリングなどをする大道芸人さんがいた訳です。 現代で云うならば中国雑伎団でしょうか。 小さい頃から運動の英才教育を受け、例えば同じ場所で何十回もとんぼ返りができたり、 軟体を披露したりととても身体能力の高い芸能者が行う、そういった類いの芸能が散楽といわれるものでした。

また雅楽からも影響を受けたとされております。 雅楽とは笙(しょう)や篳篥(ひちりき)などを使う芸能で、現在は宮内庁の楽部から出た東儀秀樹さんが活躍されていますが、 その散楽と雅楽が仏教伝来と一緒に日本に入ってきまして、日本は追いつけ追い越せでそれらを取り入れ、 今風に言うと国家プロジェクトとしてそれらのものを学ぶ組織を作ったわけです。 これは雅楽寮(うたまいのつかさ)といって、今の宮内庁の楽部の前身になるのですが、 そこで雅楽、散楽、それからもう一つ仏教祝祭劇の仮面劇だった伎楽を取り入れて融合を図り、 そういうものの流れが狂言に来ているわけです。 余談ですが、その組織の一部分のことを楽戸(がくこ)と呼んでいて、これが「学校」の語源だと言われています。

○庶民に親しまれた散楽

雅楽は今でも伝承されていますが、非常に儀礼的なもので、芸能というよりは儀式に近く、 特権階級の皇族や公家などが嗜むものとして、あまり外部に広まることはありませんでした。 また、仮面劇の伎楽は途絶えてなくなってしまいました。 奈良時代が最後で、平安時代になるとほとんどやられなくなってしまったのです。

一方、散楽という大道芸、これは飛鳥時代から奈良時代にかけてずっと伝承されていましたが、 平安時代になって雅楽寮という国家機関によって、事業仕分けのようなことがなされました。 奈良時代から平安時代に変わる時、都が奈良から京都に移ることにより様々なことが激変したわけです。 天皇の流れも、それまでは天武朝だったのがまた天智系に変わり、雅楽寮も見直されました。 雅楽は宮廷音楽芸能として伝承していかなければいとの理由で存続させ、 散楽は元々大衆芸能であった為国家予算を使って学ぶ必要はなしということで、切り離されてしまったのです。 しかし散楽はそれで路頭に迷うかといったら、そうではなく、逆にそれが功を奏して庶民の間に広まってゆきました。 アッパークラスの人のお抱えでなくなると、瞬く間に全国区に広まったのです。

○散楽から猿楽、そして能楽へ

それ以後散楽は、日本古来の神事芸能的な神楽や神様を招く歌、音楽、演奏と結びついて滑稽な物真似芸を生み出し、 後にその散楽の音をもじって「さるがく」と呼ばれるようになり、“猿楽”という字が当てられました。 この当て字には諸説あり、まず、古くからある猿遣い芸の意としての“猿楽”。 猿というのは非常に知能の高い動物ですから、仕込むといろいろなことができます。 物真似のことを猿真似という言い方をしますが、 様々な物真似芸を生み出したその散楽の「さん」と「さる」の音が近いので“猿楽”とした説。 もう一つは“申楽”、十二支の“申”という字を当てるもので、これは芸能が元来神事、神楽であったことから、 “神”のしめすへんを取り、つくりだけで表して“申楽”とした説であります。

これが明治時代になると、名前が“猿楽”から“能楽”に変わります。 変化の経緯をお話します前に、少しややこしくなるかもしれませんが、この“能楽”について先ずご説明したいと思います。

私の本職は狂言ですけれども、もう一つ能という芸能があります。 狂言と能というのは双子の兄弟の関係です。 狂言は庶民の日常生活を題材にした台詞中心の対話劇で、内容が滑稽な喜劇です。 もっと平たく言うと、喋くりの庶民ネタのお笑いです。

一方、能というのは貴族社会をテーマにしています。 『源氏物語』『平家物語』などの文芸作品や『万葉集』『古今集』『和漢朗詠集』、 また『古事記』『日本書紀』という神話や民話を題材にしています。 だから天皇陛下も出てきますし、歴史的に有名な武将や平安の貴族など、高貴な人々が登場するわけです。 内容は悲劇、シリアス劇です。 そして笛・小鼓・太鼓という日本の民族楽器を伴奏に使って、台詞に抑揚をつけて、扇を使って舞って表現する。 いわゆるミュージカルです。

技術は全く一緒ですが、性格は正反対で喜劇と悲劇。 喋くりとミュージカル、庶民ネタと貴族ネタです。 この二つをセットで見せることによって、たくさんの観客を獲得しようとプロデュースしたのが世阿弥という人です。 世阿弥は芸も素晴らしかったのですが、プロデュース能力も非常に高かった。

能と狂言は性格の異なる双子の兄弟と申しましたが、狂言師である私の正式名称は、能楽師狂言方和泉流といいます。 江戸時代までは猿楽師だったわけですが、今は能楽師です。 ここから、なぜ“猿楽”から“能楽”に変わったのかというお話になるのですが、 まずその時代明治維新が起こり猿楽師は路頭に迷ってしまい、江戸時代までスポンサーだった武士がいなくなり、 力のない流派はどんどん潰れてゆくことになりました。 私の師匠筋ももうこの道だけでは食べていけないというので、 先々代は国鉄の職員になって切符を切っていたという話も伺ったことがあります。

明治新政府は最初、武家政権のやっていたことを全否定していましたが、だんだん情勢が安定してくると、 猿楽も見直されるようになりました。 武家だけが愛好していたものでもなく、歴史が古く、我が国の誇るべき伝統芸術であるから、これは残していこうと。 しかし、ネーミングが良くない。 猿楽を英語に訳すと「モンキーズシアター」になります。 開国をして諸外国の要人に、これが我が国の芸術文化ですと言って紹介する時にこれでは具合が悪い。 起源からいえば狂言の方が先、故に“狂言楽”というふうにはならず、 当時江戸時代の侍が喜劇の狂言よりも悲劇の能を好んだことから、“猿楽”の代用として“狂言楽”ではなく、 “能楽”という名前をつけました。 “能楽”というと一般の人は能だけだと思われることが多いですが、狂言と能の総称でございます。

○場所と時間の変化を表現する――5秒でフランスへ

この狂言は650年前のものですから、今のお芝居とはちょっと違います。 いろいろな約束事があるのですが、今後、より楽しく深く鑑賞していただくために幾つかご紹介したいと思います。

まず場面転換です。場所や時間が変化することですが、テレビドラマなどではロケで本当にそこに行くわけです。 例えば、そのドラマの主人公の出身地が名古屋だとして、仕事の関係でアメリカに行くことになりました。 そういうストーリーだと、スタッフからみんなアメリカに行ってニューヨークを闊歩しているところを撮影して、 映像を編集してテレビに流す。 そうすると、ご覧になっている皆さん方はもうここは名古屋じゃない、ニューヨークなんだなと分かるわけです。 または字幕スーパー、テロップで「明くる日、アメリカ・ニューヨーク」と出ると、 「ああ、1日が経ってもう場所がニューヨークなんだな」と、暗黙の了解で分かるわけです。

時代劇など、今その場所に行っても当時の風景、景観が残っていない場合はどうするかと申しますと、 ものすごく大きなスタジオにセットをこしらえて、そこで扮装をして、当時の姿を再現して撮影します。 テレビと映画はそういう感じですね。

劇場のお芝居ですと、客席と舞台を隔てる緞帳(どんちょう)という大きな幕が閉まっています。 開演ブザーが鳴るとお客さんが集中できるように客席が暗転して、幕が開く。 中には名古屋城や金の鯱があって、名古屋の町並みのセットが作ってある。 アメリカに行くぞと言うと、幕が下りるか暗転で真っ暗闇になって、スタッフの人達が名古屋のセットを片づける。 または昔のドリフターズのように、真後ろにアメリカのセットが作ってあって、 くるっと180度回転するとあっという間に場所がアメリカに変わる。 ぱっと明かりがついてジャズの音楽が流れてきて、役者が出てくると、もう場所はニューヨークに変わったんだなと分かります。

現代のお芝居だとこのように表現するのですが、では日本が誇る伝統芸能、狂言はどうやって場所や時間が変化するのか。 私の独断と偏見で花の都パリ、フランスに旅をするという演技をやってみましょう。 「まず急いで参ろう。誠に、それがしはいまだフランスを見物いたさん。この旅を幸いにここかしこ、 ゆるゆる見物いたそうと存ずる。いや、何かと言ううちに、フランスじゃ」、たった5秒で着きました。 本当に行こうと思ったら大変です。 最近は外国に行くのにテロの警戒が厳しいですよね。 国際空港まで行って、直行便でも12時間ぐらいかかって向こうの空港に着いて、 予約してあるホテルまでタクシーか電車かバスで移動すると、延べ十数時間以上は絶対にかかります。 これがたった5秒で行けたわけです。

○想像を広げて舞台を楽しむ

狂言は他のお芝居と違って、セットや音響、照明など一切使いません。 狂言師が台詞を喋りながらぐるっと舞台を一周すると、同じ場所に到着するんですけれども、 場所や時間は変化したんですよという約束事があります。 世界各国津々浦々、宇宙の彼方まで何千kmも移動することができます。 何十時間もの道のりを5秒に圧縮してシンプルイズベスト、無駄なものを省いたわけです。 私達の芸能の特徴というのは、簡素美です。 同時代に生まれたお茶やお華も、やはり余計なものを取り去って、そして想像しながら何かインスピレーションを感じようという、 わび・さびの世界です。 ですから私がこの辺を歩いている時、ひょっとしたら飛行機に乗っていたかもしれませんし、 機内食を食べていたかもしれません。 この辺で乱気流に巻き込まれて、初めて飛行機に乗ったのに落ちたらどうしようと不安になったり。 空港に着いてバスに乗ったら、「あっ、エッフェル塔が見えてきた」「ルーブル美術館だ」でもいいですし、 またはすぐにパリの町並みを想像して頂いても結構ですし、自由なわけです。

ですから、今日は面倒くさくてセットを持ってこなかったわけではありません。 私達はいつでもどこでもどんな時でも、何もないところで、身体と声を使って表現をしています。 つまり、ご覧になっている皆さん方も一緒に想像をしながら楽しむことが狂言のコンセプトなのです。

こういう話をしましても、小中学生はまだ納得いかない顔をすることがあります。 そうすると、私はいつも白い画用紙に例えます。 皆さん方に新品の画用紙を差し上げますから、絵でも文字でも好きなものを書いてくださいとお願いしましたら、 皆さん方はその画用紙を自由に使い何をどのように描こうかと想像されると思います。 しかし、誰かがもう描いている使い古しの画用紙を渡されて、余白を使って何か書いてくださいと言われたら、 あまり気分がよくないですし、自由ではありません。 自分は真ん中にどかんと一文字何か書きたいと思ったのに、既にピカチュウの絵が描いてあったら、自由を奪われるわけです。 舞台は実は真っさらな画用紙で、皆様方には頭の中で自由に想像していただく。 ここに木があってもいいですし、ワンちゃんがいてもいいですし、鳥が飛んでいてもいいですし、花が咲いていてもいい。 だからあえて余計なものを出さないのです。

先ほど世界遺産になったという話をしましたが、650年間ただ続いているからではなく、想像をして楽しむという、 この考え方が素晴らしいと評価されたわけです。 人間にとって一番素晴らしいのは、想像する力があるということです。 日本人は毎年のようにノーベル賞を受賞していて、世界から非常に注目をされておりますが、 なぜ日本人というのは発想力が豊かなのでしょうか。 いろいろなものを想像する力があるのでしょうか。 狂言を見れば、なるほどそうかと思います。 日本人というのは想像することがすごく得意で、そして650年前に生まれたものをずっと大切に育み、 現代にまで伝承して守ってきている。だから想像力が豊かなんだと思われているわけです。

ところが現代は、狂言を見たことのない人がたくさんいるという残念な状況です。 私もテレビの仕事をしていますけれども、良し悪しです。 テレビばかり見ていると、受け身ですから想像力が欠如してしまう。 ですから毎日とは言いませんが、これから是非日本の伝統芸能に触れて想像力を高めていただけたらと思います。

○日本の自然と神様

日本の信仰というのは八百万(やおよろず)の神です。 八百万というのは、当時の概念で無限大を表しています。 神様が無限大にいらっしゃるということは、自分以外は全部神様だということです。 だから自分は自分以外の全てのものによって生かされているんだという、 ここが日本人の謙虚さの根源なのではないかと思います。

そして日本というのは四季があると言いますけれども、 裏を返すと90日ごとに環境が激変して過ごしにくい国なのかもしれません。 国土のほとんどが山で、海に囲まれている島国です。 大陸のように広い平野はありません。 ですから、そういう立地条件をうまく工夫して農作物を育てて、きちんと暦とつき合っていかないと、 うっかりしていて刈り入れ時を間違えると台風が来たりして、せっかく1年間育てたものが全部水の泡になってしまうわけです。

そして地震や台風など災害も非常に多い。 ですから自然の恐ろしさを知っていて、いかに人間が無力か、ちっぽけなものかということを知っている。 逆に自然のありがたみが分かっています。 国土のほとんどが山ですから非常に水が豊かで、昔の日本は豊葦原瑞穂の国と呼ばれていました。 水がおいしいから農作物やたくさんの動植物が育ち、そしてお酒もお米も美味しいわけです。 ですからお山やお滝、海原というところに神様はいらっしゃるんだと、自然に感謝をする。 神様というのは実態がないものですから、姿を見たことがある人はいらっしゃらないと思います。 でも神様はいらっしゃる。見えないものを感じる、想像する力というのは、こういうところから来ているのではないかと思います。 それが今、失われつつあって、想像する力が無くなってきている。 日本人として本来あった価値観を忘れているのではないでしょうか。

○扇の七変化

狂言の道具に扇があります。ちなみに扇子というのは扇の子供と書きますから、もう少し尺の小さいものを言います。 私達は扇を使いますが、皆様方が使っているのはきっと夏扇子でしょう。 主に夏場の暑い時に仰ぐ道具だと思いますが、狂言では仰ぐだけではなくて、 皆様方が思いもよらないような使い方をたくさんします。幾つか紹介してみましょう。

まずお酒をつぐ徳利(とっくり)に変身します。 狂言では一升瓶や徳利は出てきません。 扇を持って、この中にお酒が入っているんですよと見立てて演技をします。 お酒の流れる滴の音もセルフサービスで、自分で喋ってしまうので非常に便利です。 これを擬音語や擬態語と言います。現代のもので近いのは雑誌の漫画です。 漫画は音が出ないので、ドドドドドッ、ガーンとか、目のところがキラキラキラとか文字で表現してあります。

扇の持ち方を少し変えると、違うものに変身します。 今度は受けるほう、盃です。 次に扇を閉じて逆さまに持ちます。 お箸に見立てて、これで物を食べたり、または筆に見立てて字を書いたりします。 変わったところでは侍の戦う道具、刀に変身させて、この扇でチャンバラをしたりします。

これは狂言師が貧乏でお箸が買えないからではございません。 そんなに高いものでなければ買えますけれども、あえてわざと扇で表現しております。 なぜでしょうか。もうお分かりですよね。想像をして楽しみたいからです。 つまり、現代のリアルなテレビドラマや映画、劇場のお芝居のように本物を使ってリアルに演技をすると、 見ている人は深く考えないわけです。 「あっ、お酒を飲んでいるシーンなんだな」「ああ、食事なんだな」、それ以上のことはあまり深く考えない。

ところが何もないところで扇を閉じて逆さまに持って食事をしているシーンの演技をすれば、 知らず知らずのうちにご覧になっている皆さん方は、何を食べているんだろう、 どんなお皿に乗っているんだろう、どんなお箸を使っているんだろうと、想像されるわけです。 皆様方のイメージするお箸というのは、全員が全員同じものではないはずです。 ご家庭ごとに違いますし、家族の中でもそれぞれマイお箸があります。 ですから自分が想像するどんなお箸に変身できるので、あえて本物を使わない。 とことん想像しようというのが狂言のコンセプトです。

○言葉ではなく感性で

650年前のものですから言葉が分かりにくかったりしますが、狂言は喜劇ですし、 テーマも非常に普遍的で、現代の私達にも通じるような話です。 ネタも庶民ネタですから、楽しんでいただけます。 それなのに狂言と聞くと敷居が高い、難しいのではないかと思う方が多い。 実はこのイメージは能であって、狂言ではありません。

しかし、やはり実際には言葉が難しいというのが問題です。 日本語でありながら、日本人なのに理解できないというのがストレスで、毛嫌いされてしまうわけです。 いくら名作といっても、字幕もなかったら外国の映画を見て楽しめません。言葉の問題は大きいと思います。

そこで、言葉ではなく感性で是非見ていただきたいのです。 世界的な外国のアーティストが日本に来て公演をすると、飛ぶようにチケットが売れます。 3大テノールのパヴァロッティ、カレーラス、ドミンゴが来日した時にはプレミアムチケットが売れていました。 ご覧になる皆さん方は全員イタリア語が分かるわけではありません。 カンツォーネを聞いて、一言一句アリアなど分かるわけではないのですが、言葉なんか分からなくていいんだ、 世界的な歌手の歌声を生で聞いて何かを感じたいと思って行かれるわけです。 自分が肌で何かを感じたいから、高いお金を払って見に行くのだと思います。

それがなまじ日本語だからいけないんですね。 僕は、能も言葉の意味が分からなくたっていいと思います。 仮面の表情から何かを感じたり、衣装、装束の色合い、または現代とは異なったお囃子のリズム、間尺など、 いろいろなものを肌で感じる。日本語だから理解しようとして、途中で力尽きるんです。 ですから、言葉ではなく感じていただきたい。是非今度は本当の狂言を見に来て感じてほしいと思っております。

○笑う体になって声を出す

笑う演技というのはとても難しいものです。 テレビドラマで俳優に教えている時、「あなた達はどうやって笑う演技をしているの」と聞くことがあります。 そうすると、大抵「その役になりきっています」「面白いことを思い浮かべています」という返事が返ってきます。 これは理屈で、頭で考えているんです。 狂言は理屈ではなくて、体が笑おうとする。笑う体になって笑うのです。 笑う体とはどういうことかというと、まず緊張していると笑えませんから、リラックスして体をほぐす。 これだけで筋肉がほぐれて、豊かな気持ちになります。

次に、笑いというのは解放ですから、無理に笑わなくて結構です。 声をお腹からたくさん外へ出してもらう。それだけでまた楽しい気持ちになっていきます。筋肉が綻びます。 そしてもう一つは、笑う時の方向です。どこでもいいわけではなく、笑う時というのは上を向いているのです。 上へ向かって発信している。 ですから、体が緊張していて心の扉が閉まって下を向いて笑うと、猟奇的な、不健康な、危険な笑いになります。

声を出すというのは本当に健康にいいものです。 私の師匠の野村萬先生は、今85歳で現役です。 アマチュアのお弟子さんの中には、お坊さんと狂言師は長生きだから狂言を習いに来ましたという方がいらっしゃいます。 狂言師は声を出していますし、お坊さんもお経を唱えますから、確かにそうだと思いました。

○口で伝え、真似をする

私どもプロは口伝(くでん)で稽古をするので、本などはございません。 1対1で面と向かって正座をして、先生が台詞または謡われるものを集中して聞いて、真似をするわけです。 3回しかやってくれません。3回で掴めなかったら、もう稽古はおしまいです。 テキストを用意するとそればかり見ることになりますから、体で覚えるのです。

例えば謡だったら歌詞があって、メロディーがあって、リズムがあります。 3回のうちにこの三つを掴まなければいけません。録音や録画もしてはいけません。 今、分からなくても後で見直せばいいや、後で聞き直せばいいやと思ってしまうので、その時の集中力がなくなってしまうのです。

一番大切なのは、実はそこで先生と一緒に正対してやっていることです。 書いてあるものはいろいろな解釈ができるので、違う人が見ると変わっていったりしてしまう。口伝が一番確かです。 今でも口伝のものはたくさんありますし、密教もそうです。 秘密だ、けちくさいというのではなく、密教の心が分かっていない人に伝わると意訳されて、 違う解釈になってしまうから具合が悪いということなのです。

そして真似をすること。「まなぶ」というのは「まねる」から来ておりますので、真似がまずできないといけない。 真似ることは学ぶことですので、是非真似をしていただきたい。

○体で覚えて、お腹から声を出す

狂言の特徴の一つに、声が大きいということがあります。 元々は野外で演じておりましたので、マイクを使わなくても遠くまで通る声を修業で培うわけです。 本来は正座して稽古をしますが、ワークショップで外国の人達に教える時などは椅子に腰かけて稽古をします。 椅子のままでも結構ですが、背もたれにもたれ掛かるのはだめです。 これは態度が悪いということではなく、お腹から声を出す腹式呼吸ができないからです。

腹式呼吸というのはいろいろな考え方があって、これが腹式呼吸だという決まりはありません。 横隔膜がどうのとか、細かいことをおっしゃる方がいますが、腹式呼吸というのは、要はお腹から声を出す。 お腹の中に息を溜めて、それを腹筋でポンプのように押し出してあげる。 よく、姿勢が悪いとお腹から声が出ないと言いますが、猫背になっていると腹筋が使えません。 お腹の袋が潰れている状態ですから、息も入らない。 ですから背中を伸ばすというよりは、お腹を伸ばすという意味です。 ですから、椅子に腰かけていただいても結構ですから、少し浅めにお尻をちょっと乗せるように前に出てきていただくと、 それだけで背筋が伸びます。

次にお腹に息を吸い込む時には、日常の呼吸の仕方ではいけません。 私達は無意識に息を吸っていますが、これは地上だからです。 水泳の時には計算して息継ぎして、意識的に呼吸します。 お腹から声を出す時も一緒で、意識して、計算して息を吸わないといけません。 どうするかというと、口から息を吸ってもお腹まで到達しないので、口を結んで鼻から細く長くゆっくり息を吸うことです。 これは深呼吸とも言われるように、深く息が入ります。 深呼吸をするとリラックスしますよね。 また、たくさん吸うためには、空気を使い切らなければなりません。 真空パックは少し封を切ったらたちどころに空気が入るように、体が自然に欲すれば瞬時にすっと入るはずです。 一音一音にたくさん息を使ってください。

このように、紙を見ないで体で覚え、体が自然に空気を欲して呼吸をし、声を出す。 理屈で覚えたものはすぐに忘れてしまいますが、体で覚えたものは蘇ってきます。 これを機会に、是非狂言を見に来ていただきたいと思います。

〔質疑応答〕
質問
能楽堂に行って狂言を見てみたいと思う一方で、私どもにはどうしても敷居が高い気がします。
小笠原
ホームグラウンドである能楽堂に足を運んでいただくのが一番いいのですが、 能舞台を離れても、公会堂や外国などいろいろなところでやっています。 能は大がかりで、舞い手、バックコーラスの人、お囃子がいますから、30人ぐらいの編成になります。 しかし、狂言はたった1人で演ずることもありますし、2人から3人いればできてしまいます。 ですから最近は「日本の笑い」といって、座布団1枚あればできてしまう落語とセットで、学校を回ったりもしています。
最初から能楽堂だと、ちょっと恐れ多いと思われる方もいらっしゃると思いますので、 こういったところで狂言をご覧いただいて、面白いと思われたら次のステップで能楽堂に来ていただけたらと思います。
質問
能はお面を使ったりしますが、狂言と同じように想像をして見るものなのでしょうか。 また、扇などを使って演じるのでしょうか。
小笠原
まず能と狂言の演技は、ほとんど一緒です。 能は仮面を使うというイメージを持たれているかもしれませんが、実は狂言も使います。 ただ能の方が頻度は高い。能は現行曲が200曲あって、その90%以上が仮面を使い、使わないのは数曲しかありません。 狂言は現行曲300曲のうち仮面を使うのが100曲、1/3です。 能の方が頻度は高いので能は能面で狂言は素顔というイメージがありますが、狂言も仮面劇です。
また能と同じように扇を使って舞いますし、お囃子も入ります。 先ほど大別をしてミュージカルと対話劇、悲劇と喜劇と言いましたが、 実は狂言にも悲劇的なものもありますし、能の中にもおめでたいものもあります。 狂言にもミュージカル的な要素もあるし、能に科白劇的な要素もあります。
これは私が最近申しております持論ですが、 喜劇と悲劇なのになぜこの二つがずっとつかず離れず伝承されてきたかを考えると、 人間にとって大切な生と死を分化して表現しているのではないかと思います。 能は死を、狂言は生をテーマにしている。 生まれることと死ぬことを分化して表現しているので、二つで一つである。 だからこの二つがお互いに引っ張り合って存在しているのではないかと思っております。 そんな観点からまた見ていただけたらと思います。
狂言という言葉ですが、「狂った」というのは放送禁止用語ですよね。 どういう語源かというと、狂言綺語という言葉、元々これは仏教用語です。 嘘・偽り・戯言(たわごと)ということで、 仏教では妄語戒といって嘘をついたり人を惑わせたりしてはいけないのです。 だから戯言、嘘偽りは真実ではないので「狂った言葉」と。 それが転じて日本でお芝居、嘘という意味を持つようになっていくんですね。 よく新聞や週刊誌に「狂言強盗」とあるのはどういう意味かというと、 売上金を取られたと言った店員の自作自演で、売上金を着服してさも強盗が入ったに見せかけた。 つまり、嘘のお芝居の強盗。 「狂言自殺」というのは、多額の保険金を掛けておいて、生きているのに死んだと見せかけて保険金を騙し取ることで、 狂言というのは「お芝居の」「つくりごとの」という意味合いを持ちます。
能という字についてですが、まず狂言は喜劇で、庶民ネタで、対話劇であって、猿楽の源流です。 その後、能が誕生するのですが、そのプロセスとして、庶民にばかり見せていたのではなかなか儲からない。 安定収入を得るために、上流階級の人達に鑑賞してもらえるように和歌など貴族社会の人達の喜ぶような要素を入れ込んで、 新たに創り上げたわけです。それで狂言と対決するために、能とネーミングをしました。 才能や能力の「能」で、これはクオリティが高い芸術作品、上流階級の人がたしなむものなんですよというキャッチコピーをつけた。 それで能というものが誕生しました。
狂言の方が歴史的に古く、能は後から創られています。 能は悲劇だと申しましたが、例えばシェイクスピアだったら悲劇の中に必ず道化が出てきます。 芝居の中に滑稽な狂言回しというか、三枚目のキャラクターがあります。 ですから、狂言の中に能の人は出てきませんが、能の中には狂言の役割があるのです。
質問
狂言の後継者はそれほどいるように想像ができないのですが、 300曲を口伝で伝えていくのにどういう工夫をされているのでしょうか。
小笠原
口伝とは申しましたが、書物は勿論ありまして、300曲全部暗譜しているわけではございません。 しかしあくまでもガイドであって、書物を見ると口伝で習ったことが蘇ってくる。 子供の頃からどのぐらいまで書物を見ないで口伝で稽古ができるかが勝負だ、 その期間が長ければ長いほど本物であると師匠に言われました。 書物を見ないで体で覚えることが大切なのです。 私も子供の頃は、人の家の電話番号をたくさん覚えていましたが、 携帯電話の時代になると自分の電話番号も分からなかったりします。 一回本を見るとそれに頼ってしまいますが、口伝で教わり、体で覚えたことの方が忘れないのです。 使わないと退化してしまう機能も、磨けば必ず光ります。
狂言の後継者はやはりそんなに多くはなく、本来は家柄の人が跡を継ぐという形です。 実は私はそういう家柄ではなく、高校を卒業してから先生のところの門を叩いて入った特殊なケースです。 入門する時に先生は、お前がどうひっくり返ったって子供の頃からやっていた人には敵わないよと、 はっきりおっしゃいました。 それは徒弟制度や家柄ではなくて、門前の小僧習わぬ経を読むとか、三つ子の魂百までではありませんが、 自分が意識なくてもそういう生活環境にあるかどうかだと。 私はプロになれるとは思っていませんでしたが、 国立能楽堂が狂言の養成事業を始めた時に声をかけていただき1期生になりました。
今、なかなか後継者が育たないというのが実際です。思っていたのと違うと言って、すぐにやめてしまう。 また、日本舞踊などと違って暖簾分けがありません。 一人前になったら小笠原流をこしらえるということはなく、死ぬまで師弟関係の運命共同体で、 ずっと狂言の野村万蔵家の一員としてやっていく。 難しいことは難しいですが、私は先生を尊敬していますし、嫌なことよりも、 狂言が好きだという気持ちの方が上回っているので続いています。
質問
息子さんは今、なぜ海外で修業をされているのですか。
小笠原
息子は今、中学校2年生ですがパリに留学させています。 私自身が初めて行った外国がフランスのパリで、湾岸戦争の年(1989年)でした。 師匠に連れていっていただいたのですが、そこでカルチャーショックやたくさん刺激を受けすごく好きになったからです。
私は門閥外で子供の頃からはやっていないのですが、息子には3歳から習わせています。 息子も同じ立場でありますから、家柄がないと難しい世界の中で、何か個性を持たせたいと思いました。 狂言の修業というのは、中学校・高校生の間は家柄の子供でもほとんどしません。 変声期だったり、体が変わりますから、無理に声を出したり、中腰ですり足をすることは成長を妨げ、 体に良くないわけです。それだったらその時期に思い切って向こうで学ばせれば、語学も達者になるだろうと思いました。
また、3歳から始めて当たり前のように思っているので、 自分のやっている狂言がどんなものかが分かっていない。 外から日本を見れば、自分のやっているものの価値や日本という国のことが、 より見えるのではないかという思いもありました。
子供への教え方がよく分からない部分もあるので、師匠にいろいろご指導賜りながら育ててきました。 今のところは嫌がらずやってくれているので、 狂言師になった時には子供の頃からやっていて良かったと言ってもらえると思っています。
僕は今、逆単身赴任で女房と子供はパリでアパートを借りています。 生活する上での手続や学校のことなどかなり大変なこともありますが、 せっかく行っているのだから、向こうに日本の伝統芸能を紹介したい。 また逆輸入ではありませんが、 フランスから日本の方々に何か発信することもあるのではないかということもあって、 向こうでもいろいろ活動をしております。 おかげさまで、来年度からパリの日本文化会館で日本の伝統芸能のコーディネーターのような役割をさせていただけることになりましたので、 何かありましたらコラボレーションをさせていただきたいと思っております。

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