狂言師 小笠原匡

コラム

良忍上人について

 良忍上人は能「三山」に登場し、「百萬」「隅田川」等にも関わりが深い、大阪を中心として関西に一極集中している 融通念仏宗の開祖であり、平安時代に慈覚大師・円仁が大陸より伝えた声明(※)を、その散逸・消滅の危機から 統合大成し、譜面の改新や旋律の整理を行い、大原魚山流声明を確立された方です。

 この良忍上人には様々な伝説が伝えられています。まず、生まれたときの産声が、 ふつうの赤ちゃんと違って大変美しかった。そのため、良忍は幼名を「音徳丸(おんとくまる)」と名付けられました。 また、ある時良忍が庵の傍らの滝ノ下で声明の曲を唱えていると、滝が音を止めてその美声に聞きほれた。 その為、大原の里にあるその滝は「音無しの滝」と呼ばれるようになったと云います。 そうした評判が評判を呼んで、良忍のもとには、声明を習いたいという僧が全国から集まってきました。 良忍の声明は、彼が比叡山を降りてから移住した大原の地にちなんで、「大原流」とも呼ばれ、その伝統は現在までつづいています。

 この声明こそが様々な日本芸能の源となり、それらの創造につながっていきました。 先ず声明の「梵讃」「漢讃」など[歌う]要素からは謡曲や長唄・端唄・小唄が生まれ、「講式」など[語る]要素と 雅楽の音楽性(琵琶)が結びつき、平家詞曲(平曲)が創作されました。やがてその平曲の琵琶を三味線に持ち替えた 浄瑠璃・義太夫節が確立し、一中節・河東節、さらに河東節から常磐津・清元などの邦楽が生まれていきます。 また「論議」など対話形式からはその[ドラマ性・演劇性]より田楽・猿楽(能・狂言)が誕生し、さらに念仏和讃・ 踊り念仏は出雲のお国・歌舞伎踊りや盆踊りにまで到達します。

 これは我々「風流」メンバー各ジャンル(能楽、文楽、講談、落語…)を始めとして、現在日本の文化として誇るべき芸能全てに 影響を与えていると云って良いのではないでしょうか。

声明(しょうみょう) 仏教音楽の中で、声による音楽の全てを包括する名称。 つまりお経の歌であり、キリスト教の聖歌や賛美歌にあたるもの。