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コラム

「あれハなぞの翁ども」

新年明けましておめでとうございます。皆様お健やかに佳き新春をお迎えの事とお慶び申し上げます。

さて、新年と申しますと何を真っ先に思い浮かべますか? 初詣、お年玉、お雑煮、お節料理等様々でしょうが、皆様方はこれ迄に、「翁・三番叟」と云ってお目出度いとされています舞を、舞台、祝賀の会等でご覧になられた事は御座いますか?

私共能楽師にとりましては「翁」(おきな)奉納にて年が改まります。

この「翁」とは能・狂言の源流を現在に伝えるもので、そのはじまりは遥か古代の祭祀にまで遡ります。

「翁」のなかで狂言方が担当するのが「三番叟」(さんばそう)で、これは儀式的要素の色濃い祝典曲となっています。

若者の勇壮な舞である「揉の段」と、老体での厳かな舞「鈴の段」の二つからなり、共に天下泰平・五穀豊穣を寿ぎ、前半の「揉の段」は、華やかに弾んだ囃子に始まり、「おおさえ、おおさえ、おお。喜びありや」と謡い出し、足拍子を踏みながら時に高く飛びあがる等、一種〈だんじり〉にも似た明るく力強い舞で、又後半の「鈴の段」は黒式尉(黒色に塗られた老人)の面をつけ、鈴を振りながら寿福を祈り舞います。

この「三番叟」解釈については諸説ありますが、一般的には神格で荘厳な白い翁に対して、滑稽にそれを真似た肉体労働者階級の躍動的な黒い翁と云われ、陰陽の関係に例えられています。

私は一昨年、翁・三番叟の源流と云われている「摩多羅神(またらしん)舞」の考証及び復元舞の型附けに携わる機会を得ました。

「摩多羅神」とは仏教の護法神で、延暦寺三世座主である慈覚大師・円仁が、唐への留学後帰国の際に船中で虚空から「摩多羅神」の声が聞こえて感得し、比叡山に常行堂を建立して勧請し、常行三昧を始修して阿弥陀信仰を始めた、と古い文献に記されています。

また恵心僧都・源信は「摩多羅神」を念仏の守護神に勧請したとも云われており“念仏修行を邪魔しに来るテングを驚かし追い払うため”に、跳ね踊り、

めちゃくちゃに経文を読む儀式をおこなうなど、カーニバル的な芸能の場と結びついた神として祀りました。つまり「摩多羅神」とは、体の奥底からわき出てくる踊るエネルギーがその本質であり、やがて猿楽の芸能神とされ、翁の成立にも深く関係しているとみられております。

此様な事を考えると「三番叟」で、面を掛けずに躍動的に舞う「揉の段」は若者が土地を開墾する姿であり、黒い尉面を掛け鈴を振る翁舞「鈴の段」は、村の長である長老が種を蒔いている、農耕儀礼の舞踊化である等とも論じられてきましたが、私は「三番叟」には根源的に人々の自然に対する畏敬の念、鎮魂興発の意が深く込められているのでは無いかと考えています。

専門的な事を述べましたが、是非とも一度「翁・三番叟」へ御運び頂き、皆様方の年始恒例行事に加えて頂ければ幸いに存じます。

市民による芸術文化の共同事業体情報誌「ぬーべるふぉんてーぬ」
市民による芸術文化の共同事業体情報誌
「ぬーべるふぉんてーぬ」 vol.46
発行:岸和田文化事業協会
2015年新年号 挨拶文より

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