狂言師 小笠原匡

コラム

出雲の阿国の踊りとは?

踊りの再現

 阿国の踊った歌舞伎は時代とともに、遊女歌舞伎、若衆歌舞伎、野郎歌舞伎と変遷を経て現在の形になっています。 ですから現代の歌舞伎と阿国歌舞伎は、別物と言っていいでしょう。
 踊りを再現する手がかりとしたのは、現在でも日本各地に伝わり、かつて阿国が踊ったとされる 「ややこ踊り」や「歌舞伎踊り」の流れをくむ踊りや、中世のさまざまな芸能などです。それらを基に、 振り付けを創作しました。
 また詞章は、当時、阿国歌舞伎で実際に歌われていたものを、中世歌謡のメロディーにのせて、明るくテンポアップして 作曲しました。初期は特に、足拍子をふんだんに使う躍動感ある踊りを意識しています。阿国が梅庵に見いだされたり、 恋をしたりという節目によって、踊りも少しずつ変えていっているんです。

人気の理由

 当時の人々はなぜ阿国に熱狂したのか。それは世相と深くかかわっていると思います。
 阿国が頭角を現すのは、戦国末期から江戸初期にかけて。足軽だった秀吉が天下人になり、誰もが成り上がる 夢を見た戦国時代に、家康が終止符を打ったころです。世の中が安定したぶん、身分も固定され、夢も希望も なくなってしまった。人々は当然、面白くありませんよ。
 そこで民衆がストレスのはけ口としたのが、「かぶく」ことでした。 歌舞伎の語源「傾く」(かぶく)は「普通でない」という意味ですが、阿国は武士が好んだ芸能である猿楽(能・狂言)などを 「かぶいた」のです。面白おかしくアレンジして、言ってみれば権力を小ばかにしたわけですから、人々はさぞかし 胸がスッとしたでしょうね。
 女性の地位が低い時代、正統派の芸能に独自のアレンジを加えて新境地を開拓した。 そういう意味では阿国は、近世のスーパーウーマンでしょう。現代にいたるまで人々が彼女にひかれる理由も、 そこにあるのかもしれません。

(NHK金曜時代劇「出雲の阿国」の芸能指導インタビューより)